経験者が語る不正請求体験談
シリーズでお送りしている、不正請求の体験談。過去に不正請求を行ってしまった、ある先生の告白をご紹介します。
なお、先生のプライバシーの関係上、実際の事実とは異なる表現が一部用いられている事をご了承ください。
――スタッフへの賃金支払いのため、不正請求の道を選んだ先生。そして遂に個人指導へ呼ばれる事となりました。
頭の中が真っ白に
――個人指導の場に立ち会ったのは、10人以上の担当者だった。言葉にできない恐怖を誤魔化そうと、軽く話し始めた先生に担当者の怒鳴り声が鳴り響いた。
「まずいきなり怒鳴られた事で、考えていたことがスッポリと抜けてしまいました。集団指導の時に余裕に感じていた事なんてウソのように、固まってしまいました。頭の中には「マズい!」しか浮かびませんでした」
――10人以上からの叱責が終わると、いよいよ指導は本題に入る。
「個人指導ではなく監査でした。役人達の顔には『もう全ての証拠は揃っているけど?』と書いてあるようでした。中心的に話してきたのは地方厚生局の役人。レセプトの一枚一枚を読み上げながら、矛盾点をぶつけられました。私も多少は帳尻を合わせたつもりの施術録などを出しながら、言い訳のように説明をしたのですが、当然の如く私の言う説明はその場で看破されてしまいます。
ようやく私が非を認め、そのレセプトの誤りを認める判をつくと、すぐに次のレセプトに話が移ります。
中でも厳しかったのが、『この人には何故こういった施術をしたのですか?』というような質問だったのです。質問の内容はともかく、すぐに答えられないと、『記録見ればすぐにわかるでしょう?』と責め立てられます。『ちょっと古い話なので記憶が曖昧で…』などと言おうものなら、『アンタは過去の施術の内容が曖昧な記憶で良いと思っているのか!』と一斉に怒鳴られるのです。もう頭の中は真っ白になります。
だんだんとレセプトを確認するのも辛くなって、言われるままに非を認めるハンコを押し続けました」
悔しさのあまり涙が
「こうした完全に取り調べのようなやり取りが7時間ほど続きました。辛く苦しい時間でした。後半、朦朧としてきた記憶の中で、一つだけ鮮明に覚えていることがあるんです。地方厚生局の若い役人から質問を受けている時でした。役人が『このヒバラキンの記述なんだけど~』と言ったのです。ヒバラキン?言っている意味が朦朧とした頭ではわかりませんでした。すぐに他の年配の役人が『それはヒフクキンだよ』と笑いながら訂正しました。若い役人はちょっと照れくさそうにして、役人達はひとしきり笑い合ったのです。腓腹筋(ヒフクキン)をヒバラキンと誤って覚えていたわけですね。
私は思いました。
「何故こんな腓腹筋すら読めないような男に小馬鹿にされたように取り調べられるんだ!お前、一度も腓腹筋の事を真剣に考えた事ないだろう!?俺は毎日沢山の人の身体を真剣に診てきたんだ!なのに何で!?」
気がつくと、私は誤りを認める判を押しながら泣いていました。若い役人には『ちょっとちょっと、泣くような事じゃないでしょ?』と言われ、年配の役人達には『泣くぐらいなら最初から悪さするんじゃないよ』『泣いても騙された患者さんは納得しないよ?』などと言われました。もっともです。もっともな話です。本当に私が悪かったのです。ただ、『こんな思いは二度とすまい』と、強く強く心に残りました」
――他の先生に伺った話からも、この先生が特別酷い指導(という名目の監査)だったというわけではないそうだ。個人指導や監査となると、短くても数時間は費やされる事が通常だという
4千万を超える返還額
「個人指導以降、私はレセプトの修正作業に追われました。私はそれまで保険者から『○○万円を返還しなさい』と通達されるものと思っていました。しかし私の場合は自ら指導の際に誤りを認めたレセプトを正しく訂正して、改めて金額を算出し、過剰に請求した金額を割り出すように言われました。返還請求とは言いますが、形としては自主返還となっていました。
私の場合、この修正作業に2ヶ月ほどかかってしまいました。もちろん自分で修正するので、また誤魔化すこともできるのかもしれません。しかし当然またすぐに発覚して、もっと厳しい処分が待っているだけです。私はもうそんな気力すら起こらず、指導の事を思い出しながら、毎日レセプトと向き合いました。
返還額の合計は4千万円を超えるものとなりました。もうこの頃は『しっかり支払って禊ぎ(みそぎ)をしよう』と考えていたので、ショックはありませんでした。後に聞いた話では、私程度の返還額は珍しくないんだそうですね。数億円になってしまうケースもあると聞きました。
当然一括で返還はできないので、分割返還となりました。そして合わせて処分として、療養費の取り扱いの一年間停止を言い渡されました。
これも後に聞いた話ですが、私より酷い場合は免許停止や刑事告訴に発展するのだそうです。分院が多いところでは一斉に数人が処分されることもあると聞きました。今こうして立ち直れた事を考えると、私は救いの手を差し伸べられたのだと思っています」
不正請求を体験した身として
「以上が私の不正請求体験です。私自身は療養費の停止期間に治療家としての自分を見つめ直し、自由診療や経営について勉強を始めました。それが今に繋がっています。今、若手の先生方と話す時に、不正請求の事は強く批判していますよ。中には『やらなきゃ食っていけませんよ』なんて開き直る人もいます。それなら保険請求をやめるべきだと、今の私は思っています。実体験した身としては、不正請求をした過去は前科のように、思い出したくないしこりとして私の心に残っています。こんな思いを抱えたまま生活する辛さを想像しなければならないのではないでしょうか。こんな私が言っても説得力は無いのかもしれませんが、強くそう思うのです。
嫌な話があります。過激なまでの不正請求を行っている者が、レセプト担当として定期的に新人を雇用し、請求業務を行わせているのだそうです。そして全ての責任をその新人に被せる、と。そんな話、どう考えても裏で糸を引いている者の存在があって当たり前です。しかし現状では、その糸を引く者を摘発できなかった。そんな者もついには摘発されたそうなのですが、摘発後は治療家としては全く表に登場せずに、実質的なオーナーとして、相も変わらず何店舗もの治療院を動かしているのだそうです。
療養費が減らされていくこれからに、治療業界の衰退を感じている方は多いかもしれません。しかし、過去の私やこういった者が減ることで、療養費は正しく使われるのです。治療業界というものを守るためにも、不正請求は無くさなければならないのだと強く思っています」
次回は個人指導に関する別の話を
いかがでしたでしょうか?不正請求は業界全体の大きな問題となっています。国民が健康や医療というものに関して、強い関心を持ち始めている今だからこそ、もう一度療養費のあり方について考えなければならない時期に来ているのかもしれません。
次回はその後先生が知った個人指導に関係するお話をご紹介します。